文化

効率の代償、文化の力

こんにちは、ナオヒロです。

10月に入り突然寒くなってまいりまして体調を崩されている方が多いのではないでしょうか?

そんな時はあまり無理をせず季節の変化に徐々に身体を慣らしていくほかありませんね。

さて今日は、効率を求めることで起こる問題についてお話ししてみようかと思います。

皆知ってる、最善ではないもの

近年、金融に関する知識の乏しい日本でも先行きが不透明な社会が今後の続くことがほぼ確定なことから、自分の面倒は自分でみなければならないという社会の煽りとも思えるような主張が強まり、いかにしてお金を稼ぐかということが生きる上での最大のテーマとなっている人々が増えているように思えます。

確かに生活する上で、食事をするにも住まいを確保するにも、というか...何をするにも、ある程度のお金は必要です。でもここで問題だよな〜!と思うのが「ある程度のお金」ってどのくらいかについて考えることが置き去りにされていることです。その金額についてざっくりとした計算なら割とすぐに出来ます。

ひと月の支出を計算してそれを収入と貯蓄、金融資産からの所得などで常に支出を上回る金額を弾き出せばいいわけですが、現実はそんなに簡単ではなく、十分な金額を稼ぐ見通しがてばあとは安心できるかといえばそうではありません。

お金が流通する仕組みを考えてみると、僕はいつもなんだか腑におちない気持ちになります。

日本のお金となる日本銀行券は...

  1. 国家が独立行政法人国立印刷局国家に発注して発行
  2. それを中央銀行が買い取り
  3. 銀行券が各金融機関が保有している日本銀行の当座預金口座から引き出され
  4. まずは金融機関から事業者へ
  5. 事業者から雇用者へ

という一連の流れを辿って世の中に溢れるサービスの売り買いをお金を介して毎日そこらじゅうで行われ、世の中に出回ったお金が増えすぎないように税金をとり、金利を調整し、お金の価値を保とうとしています。

このサイクルの中で徐々に経済規模は拡大していき、世の中に出回るお金の量はそれに伴って増え続け、人々は生活を維持するためにより多くのお金を求めるようになります。そこでせめて収入に応じて平等に税金を取ってくれればな〜と思いますが、世界のお金持ち持ちたちはより税金のかからない南の島々などに自分のお金を移していきます。

税金をしっかり取れないと国家としてはお金の価値を保つシステムに支障をきたすことから、じゃあ確実に取れる所から取ろうということで消費税のような収入の低い人ほどしんどいえげつない税金の取られ方がされるのです。

だから、お金をいかにして稼ぐかを考えて日々行動することは確かに大切なのですが、それをどういうルールの中でやることになっているのかを理解することはもっと大切なことだと思います。

僕は正直、お金がまるで宗教のようになっている現代社会は人間で言えば病気にかかっているものだと思っています。病気になったら休んだほうが良い、休まないと体調は良くならないどころか悪化してしまいます。経済的に休むということは欲望にブレーキをかけることです。今は何でもかんでも商品化し、ありとあらゆる手を使って僕らに商品を買わせようとします。でもその大半が本当は自分にとって必要のないものです。

「毎日頑張っているからたまには自分にご褒美を」っていうのは良いと思いますが、そもそもなんでたまに憂さ晴らしをしないといけないほど頑張ることを強いられているのかを各々考えるべき時が来ているのでしょうね〜...

でもそれについて考えるのって正直すっごい嫌なことですよね...笑

そんな余裕はないほどに世の中の変化に翻弄されているんだから無理もありません。

150年で1セットか

僕はこれからどうしていこうかと考えるには、ありきたりですが歴史を理解する必要があると思っています。今日起きていることは昨日から急に始まったなんてことはほとんどなく長〜い人間の歴史の積み重ねの果てに出現している現象です。

だからだから今日起こっている事や、今後起こるであろうことを予測するためには歴史から世の中の変化の傾向を読み取ることはかなり効果的だと僕は思います。歴史の視点から見ると物事の分類が時代ごとに整理して関連づけられるのも結構良い点です。

例えば、一口に「日本人」といっても時代によって全然違います。縄文人と平安人は言葉、食べ物、諸々の習慣は同じ土地に住んでいた人間とは思えないほど違うはずですし、僕は命令されたからといって自殺できる武士の考えにはまったく共感できません。でもそれらの時代の違いはそれぞれあるものの完全に断絶された時間軸のことではないので、何らかの形で僕らの生活にも影響を及ぼしているかもしれません。

まあそれはいいとして...

2022年を生きる僕ら日本人が始まったのはいつからなのか

これは知っておいて損はない話です。それはおそらく幕末から明治にかけて、今から150年前頃から始まったと考えられます。

アメリカのペリー率いる黒船の来航によって日本の開国が迫られたと学校の歴史の授業では習いますが、当時日本に開国を迫っていたのはアメリカだけではありません。北からはロシア、西からは中国を支配下においたイギリス、東南アジア諸国を植民地にしたフランスが同時に迫っていました。

実はペリーの黒船もアメリカから太平洋の大海原を渡って日本の浦賀にやってきたと思われがちですが、イギリスなどと同様に西から日本にやって来ています。

おそらく世界史の中でも当時の日本ほど強力な外圧に全方位から晒された国はなかなかないのではないでしょうか?

その時、今も昔もわかりやすいアメリカは自分達の正義を主張し、パワフルにアメリカらしく日本との関係を作り、それとは対照的に、イギリスは実に用意周到に日本の内政に入り込み、薩摩や長州などの血気盛んな尊皇攘夷派(天皇を頂点にして、諸外国を排除しようとする思想、水戸学がルーツ)に武器を買わせ、幕府と武力で戦えるよう支援し、内戦を引き起こさせ、自分達はしっかり儲けながら計画通りに日本に取り入ってきました。

そうして開国した日本は欧米の仕組みの完コピを目指し、「富国強兵」をスローガンに近代国家を築いてきましたが、それが欧米列強との軋轢を生み、悲惨な太平洋戦争へと突入していきました。幕末に開国した日本でしたが、1945年まで結局は尊皇攘夷の思想のもとに日本という国はできていたのかもしれません。

その名残が今の日本にはしっかり生きています。開国して文明開花と富国強兵と銘打って西洋文化を積極的に取り入れた日本は大国ロシアを戦争で負かすほどに軍事強化されました。

その果てにアジアへ乗り出し、欧米の反感を買って第二次世界大戦にフルコミットして敗れ去り、アメリカの統治下に置かれました。ロシアの南下を防ぐために地政学的に非常に重要な位置にある日本は朝鮮で今も終わらない悲しい戦争に軍事協力を強いられ、皮肉にもそれによって後の高度経済成長を可能にする技術力が備わりました。

元を辿れば中国に遣隋使を派遣していた頃から1980年代まで、日本はず〜っと自国の問題を解決するために先頭を走る外国に答えを求め、そして解決してきました。ところが1980年代のバブル経済を迎えなんと日本が先頭に立ってしまいました。そんなことはこの国の歴史上始めてのことです。そこから日本は迷走を続け、バブルはあっけなく弾け、失われた30年と呼ばれる平成をやり過ごし、もやもやが晴れないまま令和の時代を迎えています。

僕には今が150年前の大転換の極みの状態に見えます。これから何を拠り所にしたら健やかに生きていけるのか?

日本だけではなく、無限の経済成長と化学の発展が人間の生活を良くするなんて幻想はとうの昔に消滅しました。でも...テクノロジー偏重主義ってぶっちゃけまだありますよね?確かに日進月歩で変わっていくテクノロジー=科学の発展は良い面はありますが、何が変わっても変わらないものに目を向ける方が重要だと思います。普遍のものはものの本質に関わることなので大概見えづらいです。だからこそ重要なのです。

幸いにも日本には日常生活のなんてことのない行為の中に、物事の本質迫る感性を磨くことのできる文化がいくつもあります。それが茶道や書道、華道などの「道」と名のつく文化です。

この150年の間に効率よく利益を生み出さないとの理由で日本の素晴らしい文化はすっかり影の薄い存在になってしまいましたが、これから少しづつ文化の存在感が増してくると思います。

それは僕ら日本に住む人々にとって決して悪いものではないはずです。

それではまた〜

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